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国会議事堂のガラスのドームに登る

ベルリン最大の見どころに数えられる国会議事堂は、誰でも無料で見学できます。この建物は長い間、議事堂という当初の目的から離れていましたが、ドイツ再統一後に再びドイツ連邦議会の議場となりました。その見事な姿は息をのむばかり。著名建築家ノーマン・フォスターによる大規模な修復を経た現在、有名なガラスのドームからはベルリン市街が360度見渡せます。ドーム内部を支える鏡張りの柱は、議場内に陽光を注ぐ役割も果たしています。

国会議事堂が1999年にリニューアルオープンした時、8,000トン分のガラスを使った直径40mのドームのデザインは賛否両論を呼びました。フォスターは、1933年の火災で焼失したオリジナルのドームをガラスで再現し、民主主義の透明性を表現しようとしたのです。ガラスのドームは階下の議場を見通すことができます。つまり、今日のドイツ国民は選挙で選んだ議員たちを注意深く監視できるというわけです。国会議事堂への訪問は事前予約が必要ですが、それでも1日およそ1万人が訪れます。

1933年に起きた国会議事堂放火事件

1933年2月27日、国会議事堂で有名な火災が発生します。そして、その後60年間、国会議事堂はその役目を奪われました。オランダ人の共産主義者、マリヌス・ファン・デア・ルッベが放火犯として逮捕され、後に斬首刑に処せられました。しかし、まもなく彼の有罪判決に疑問が生じます。事件はファン・デア・ルッベの死後数十年にわたって審議され、ようやく2007年になって彼の無罪が確定しました。


事件の真犯人が誰だったのかは今も謎のままですが、多くの陰謀説があります。一説では、ナチスの大臣で国会議長だったヘルマン・ゲーリングが指示したとされています。実際、当時政権をとったばかりのナチスは、この火災を大いに利用しました。ヒトラーは共産主義者を非難して非常事態宣言を行い、全国の反対派の逮捕と投獄を命じました。また総選挙も行われ、この後ナチスは議席の過半数を獲得しました。ヒトラーはそれまでの憲法を修正して全権委任法を制定すると、絶対的な権力を手にして第三帝国の建設を開始します。ヒトラーにとって、国会議事堂放火事件はまさに願ってもないチャンスだったのです。

“国会議事堂の放火犯として捕えられたのは、オランダ人共産主義者のマリヌス・ファン・デア・ルッベでした”

まだガラスのドームがなかった1989年

ベルリンに戻った国会

第二次世界大戦後、廃墟となった国会議事堂のすぐそばに東西ベルリンを分断する壁が築かれ、国会議事堂は西ベルリン側の建物となりました。しかし、西ドイツの首都はボンになったため、国会議事堂ではその後も半世紀以上にわたって議会が開かれませんでした。しかし1990年のドイツ再統一後、ベルリンが改めてドイツの首都となりました。そして国会議事堂もまた、ドイツ連邦議会の議事堂として修復されることとなったのです。

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国会議事堂は人気の観光スポット

国会議事堂を訪問する3つの方法

国会議事堂を訪問するには事前予約が必要です。訪問の2日前までにウェブサイト(

www.bundestag

)で予約するか、訪問の2時間前までにシャイデマン通りのサービスセンターで予約してください。上記ウェブサイトではガイド付きツアーも予約できます。ドームに隣接するレストランの予約は、電話(+49 30 2262 9933)またはメール(

kaeferreservierung.berlin@feinkost-kaefer.de

)で。ドームと屋上テラスは毎日午前8時から深夜12時まで見学できます。ただし最終入館時間は午後10時。入場料は無料です。

写真提供

  • まだガラスのドームがなかった1989年: Romtomtom, Flickr