KLM uses cookies.

KLM’s websites use cookies and similar technologies. KLM uses functional cookies to ensure that the websites operate properly and analytic cookies to make your user experience optimal. Third parties place marketing and other cookies on the websites to display personalised advertisements for you. These third parties may monitor your internet behaviour through these cookies. By clicking ‘agree’ next to this or by continuing to use this website, you thereby give consent for the placement of these cookies. If you would like to know more about cookies or adjusting your cookie settings, please read KLM’s cookie policy.

ご使用のブラウザーが旧型のようです。
KLM.comのすべての機能を安全にご利用いただくには、ブラウザーを更新するか、別のブラウザーをお選びいただくことをお勧めいたします。 このバージョンを続けてご利用になると、ウェブサイトの一部が適切に表示されなかったり、まったく表示されない場合もあります。 また、お客様の個人情報のセキュリティに関しても、新しいバージョンのブラウザーをご利用いただくほうが安全性も高くなります。

 

陸続きのフェドー島

ここ数年、ナントは、現代アートやデザイン分野で高い評価を受けています。とはいえ、港町ナントの歴史地区も見逃せません。今も催眠術にかけるがごとく、観光客の心を酔わせます。昔はロワール川支流に浮かぶ小島だったフェドー島地区。そこに立ち並ぶ貴重な18世紀建築の数々は必見です。

かつてフェドー島はナントのビバリーヒルズでした。18世紀の中頃、港町ナントはフランスの植民地貿易で隆盛を極めていました。裕福な商人はロワール川支流に浮かぶ小島に豪奢な邸宅を建て、高級住宅地を形成しました。日光を浴びて輝く壮麗な邸宅の白いファサードは、今も見る人の目を奪います。邸宅を仰ぐと、美しい彫像や装飾を施した錬鉄柵のフランス風バルコニーを垣間見ることができます。

街に吸収された島

フェドー島の建物は前傾しているように見えますが、これは決して目の錯覚ではありません。砂地のため、建設から100年ほど経ったころから地盤沈下が始まったのです。フェドーは、現在も島と呼ばれていますが、島の状態でなくなってから長い月日が経ちます。1930年代にロワール川の支流が埋め立てられ、かつての郊外は街に併合されました。

かつての河川敷に植林した緑地帯が、今も島の名残をとどめています。テュレンヌ河岸の家から眺めると、形ばかりの堤防とくぼんだ芝生がはるかに見渡せます。日が暮れてから遠くに目をやると、まるで今でも川の水が流れているように感じられます。夏には芝生の上で日光浴しながら読書をする学生の姿も見られ、まるで緑のビーチのようです。河岸と平行に走る玉砂利を敷いた美しい道はケルヴェガン通りで、ナントで最も有名な人物、「SF小説の父」と言われたジュール・ヴェルヌの出生地です。

フェドー島の窓に掛けられた海のモンスター
ジュール・ヴェルヌ博物館

奴隷貿易で築いた富

フェドー島の贅沢な建物は実に見事ですが、その富を築いた歴史を振り返るとあまり心地良いものではありません。というのも、これらの豪邸を建てた商人は奴隷貿易によってその富を築いていました。18世紀には45万人以上の奴隷がナント港を経由して米国に送られました。この忌まわしい歴史の記念碑として、ロワール川下流のフォッス埠頭にはモニュメントが建てられています。このコンクリート建築物は、建築家ウォディチコとボンダーが手がけており、奴隷船の内部を再現したものです。壁に穿たれた小さな穴から差し込む光に船倉の劣悪な環境を感じられ、きっと心痛む体験となるでしょう。
奴隷制廃止を訴えるモニュメント

写真提供

  • 奴隷制廃止を訴えるモニュメント: Zhu, Flickr