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アルカトラズの塀の中

アルカトラズ島といえば、米国で最も危険な犯罪者たちを閉じ込めておく恐るべき刑務所というイメージを抱いている人が多いのではないでしょうか。確かに、アルカトラズ島にはアル・カポネのような有名な悪党が投獄されました。でも、ここは単なる刑務所ではなく、他にもさまざまな歴史がある島なのです。

1775年、この島に初めて足を踏み入れたスペインからの入植者が、「ペリカンの住む島」を意味する「ラ・イスラ・デ・ロス・アルカトラセス」と名付けました。当時、アルカトラズ島は多くのペリカンが住みかとしていましたが、今でもさまざまな鳥が巣を作っています。刑務所が作られるまで、この島には軍の要塞がありました。19世紀半ばのゴールドラッシュの最中、一攫千金を目指す多くの採掘者がカリフォルニアの海岸沿いを旅していた頃、アメリカ本土を守る基地として機能していたのです。

アルカトラズ島
アルカトラズ島

サンフランシスコ

アルカトラズ島

米国初の軍事刑務所

ゴールドラッシュが過ぎると、要塞はまもなく軍の抑留所に生まれ変わり、南北戦争中は米国初の軍事刑務所となります。収監者が増えるにつれて施設は拡張されていき、1934年にアルカトラズ島は連邦刑務局の管理下に移され、連邦刑務所となりました。

独房の扉が閉まる音

恐るべき犯罪者や勇猛果敢な脱獄を試みる物語の数々のおかげで、アルカトラズがサンフランシスコ最大の観光スポットとなっているのは間違いありません。刑務所の見学コースは、音声ガイドを聴きながら巡るツアーになっています。数カ国語が用意されていますが、元収監者の肉声が聴ける英語バージョンがお勧めです。「ザ・ロック」の異名を持つアルカトラズ島で過ごした日々について語ってくれます。独房の扉がバタンと閉まる音など、さまざまな音が当時の様子を生き生きとよみがえらせます。窓からサンフランシスコ市街を眺めてみれば、ここに閉じ込められた囚人がどんな気持ちで過ごしたか、想像することができるでしょう。

アルカトラズが連邦刑務所として機能した29年の間に、脱獄の試みは実に14回もありました。計36人の収監者が挑み、そのうち13人が島を脱出することに成功しました。

アルカトラズの独房
アルカトラズの隔離独房

アメリカ先住民の抗議

刑務所の閉鎖から6年後の1969年、アルカトラズ島がアメリカ先住民に占拠されたというニュースが話題を呼びました。アメリカ先住民は、市民権が完全に保障されていないことに抗議し、文化的アイデンティティを維持したいという思いを米国政府に訴えようとしたのです。この抗議は2年近くにわたって続きました。1972年、島は国立公園に指定され、その1年後に一般公開されました。毎年約100万人もの人々がアルカトラズ島を訪れています。