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マニラの城郭都市、イントラムロス

ラテン語で「壁の中」を意味するイントラムロスは、マニラ最古の地区です。16世紀にマニラはフィリピンの首都となり、スペインの植民地行政府が置かれました。イントラムロスでは数多くのバロック様式教会や宮殿が破壊され、壁の一部が崩壊するなど、戦争や革命の爪痕があちこちに見られますが、植民地時代の雰囲気も残っています。

イントラムロスは計画的に作られたエリアで、直線的な道路網、大きな広場、荘厳な総督公邸があります。厚さ数メートルの城壁と何十もの大砲を装備した砦は、反逆者たちを抑制するために設置されました。マニラの騒乱の歴史の中で、この界隈はさまざまな出来事に遭遇し、特に第二次世界大戦中にはかなり荒廃が進んでしまいました。しかし、現在でもマニラの植民地時代の趣を湛える魅力的な地区として残っています。そんなマニラの城壁都市の3つの見どころをご紹介します。

マニラ大聖堂

マニラの8代目の大聖堂

現在の大聖堂は、1581年に竹とヤシの葉を使って建てられた最初の大聖堂から数えて、8代目になります。大聖堂は台風、大火事、地震、爆撃によって、これまで何度も破壊されてきました。現在の建物は1950年代に建築されたもので、1981年にローマ教皇のヨハネ・パウロ2世から一般的な教会堂よりも上位に位置する「バシリカ」と認定されました。

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Manila Cathedral, Plaza Roma, Intramuros, Manila

国民的英雄、リサールが没した場所

スペインによるマニラの統治は300年以上続きました。中国、日本、アメリカもフィリピンに侵攻しており、いずれも堂々と佇むサンチャゴ要塞から指令を出していました。サンチャゴ要塞は、国民的英雄、ホセ・リサールが拘留され、最後の日々を過ごした場所でもあるため、フィリピンの人々にとって歴史的に重要な意味があります。リサール記念館はこの自由の戦士に捧げられた博物館です。

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サンチャゴ要塞

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Fort Santiago, Heroes Square, Intramuros
サン・アグスティン教会

唯一、生き残ったサン・アグスティン教会

マニラが植民地になるとすぐに、スペインの聖アウグスチノ修道会は、人々をカトリックに改宗させようとしました。イントラムロスでは1587年に最初の教会が建てられ、修道院も併設されました。バロック様式の建物には、凝った装飾の祭壇、説教壇、聖歌隊席、だまし絵のフレスコ画があります。サン・アグスティン教会は第二次世界大戦の終わりに行われたマニラの戦いで生き残ったイントラムロス唯一の建物です。

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The San Agustín Church, General Luna Street, Intramuros

写真提供

  • サン・アグスティン教会: suronin, Shutterstock