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もう1つのウィレムスタット、オトロバンダ地区

ウィレムスタットの有名なポンツーン橋(浮き桟橋)の対岸に位置するオトロバンダ地区。オトロバンダとは、パピアメント語で「もう1つの岸」を表します。多くの人が、プンダ地区のハンデルスカーデ通りに建つパステルカラーの家屋群のベストショットを撮ろうと、この浮き桟橋を渡ります。絶景のほかにもオトロバンダには、多くのレストランや高級ホテル、大型ショッピングモールなどがあります。

植民地時代の全盛期に、急成長したウィレムスタットはセントアンナ湾をまたぐ地域へと拡大していきました。しかし、オトロバンダ地区は、ウィレムスタットの中でもあまり人気のないエリアになってしまい、囲郭の街で必要とされない人々が行き着き、細い路地に面した質素な家に暮らしていました。1888年、クィーンエマ橋が開通すると、状況が変わり始めます。裕福な商人たちが湾を渡り、ブリオン広場にあるような大きな商館を建て、新しい時代を築き始めたのです。

オトロバンダ地区のカラフルな家
オトロバンダ地区のカラフルな家

キュラソー

一風変わった5つ星のホテルヴィレッジ

19世紀末頃、新しいオトロバンダ地区はプンダ地区と同じくらい大きく高級なエリアに発展していました。しかし、それも長くは続かず、植民地倉庫や小さな宮殿は徐々に縮小され、オトロバンダには犯罪者がたむろするようになりました。それにもかかわらず、これ以上の衰退を防ぐために、ユネスコは、この地区を世界遺産として登録します。これが、オランダの企業や億万長者であるヤーコブ・ヘルト・デッカー氏の関心を引く結果になりました。
先見の明を持っていたデッカー氏は、植民地時代の家屋を100軒購入すると、プールやショップ、レストラン、バー、スパ、奴隷博物館などが併設された美しい5つ星のホテルヴィレッジを建設したのです。このプロジェクトは成功し、パピアメント語で「オランダの宮廷」を意味するホテル「クラフランダ」は現在、名誉あるスモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールドの加盟ホテルになっています。従業員の多くが、かつて問題になったオトロバンダの出身者ですが、ホテルが建設されて以来、オトロバンダ地区も大規模な再開発が行われました。現在、プンダ地区と共に、オトロバンダ地区はウィレムスタットの中心部となっています。

“100軒の植民地時代の家屋が、壮大な5つ星ホテルヴィレッジに生まれ変わりました。”

植民地時代の家を利用したリゾート

オランダの要塞からショッピングモールに転身

オトロバンダ地区が劇的に変化した好例に、キュラソー島にある8つの要塞の1つである「リフフォート」が挙げられます。1828年にセントアンナ湾の東側に建てられた要塞で、56門の大砲に守られていました。第二次世界大戦中は、アメリカ軍によって使用され、ドイツの潜水艦が侵入できないように巨大なスチール網を使って港が封鎖されていました。戦後、この要塞は衰退しましたが、その後、新しい用途を見出し、現在、厚さ数メートルにおよぶリフ要塞の壁は、豪華なショッピングモールや高級レストラン、5つ星ホテルを取り囲む外壁となっています。

写真提供

  • 植民地時代の家を利用したリゾート: Charles Hoffman, Flickr