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美しい黄金の小道

プラハ城の隣にある「黄金の小道」。通りの名前は、皇帝ルドルフ2世がここに金細工師を住まわせたことに由来します。皇帝は、彼らに金属を金に変える物質を探させたそうです。しかし、事実はもっと平凡です。16世紀、この通りに建てられた11軒の小さな家に、城の番兵とその家族が暮らしていました。

黄金の小道にある色鮮やかな16世紀の家並みは、人気の撮影スポットになっています。18世紀から19世紀にかけて、ここには無断で人が住みつき、その後はチェコの有名な詩人で作家のフランツ・カフカ(1883~1924年)を含む芸術家が集まりました。カフカが2年間暮らしたのは、妹が所有していた22番の青い家でした。

過去の住人、作家のフランツ・カフカ

有名な名でいっぱいの通り

カフカはここで、「城」などの名作を執筆したと言われています。彼の暮らした家は現在、カフカ書店と小さな博物館になっています。他の家のほとんどは工芸品を扱う土産物店です。ここに並ぶ住宅の天井は大人が身をかがめて立たないといけないほど低いため、居住には適していません。他にも黄金の小道には、有名なノーベル賞作家ヤロスラフ・サイフェルトが暮らしていました。さらに14番は昔、占い師マダム・ド・テベの家でした。彼女はカードを使って未来を占いましたが、第ニ次世界大戦の終わりにヒトラーの死を予言したためゲシュタポに逮捕されました。
冬の黄金の小道

黄金色に包まれた小道

黄金の小道が昼間よりも、さらに美しくなるのは夜や夕暮れ時です。夕方の光が、絵のような小さな家を黄金色の輝きに包みます。まったく違った場所から小道を眺めてみるなら、24番の家から階段で城砦に上りましょう。甲冑や木製の盾、槍が展示され、昔の拷問器具が置かれている部屋もあります。
夜の黄金の小道

写真提供

  • 過去の住人、作家のフランツ・カフカ: Igor.Stevanovic, Shutterstock
  • 夜の黄金の小道: Jelle Druyts, Flickr