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ドナウ河畔に建つ壮麗な国会議事堂

ドナウ川の岸辺には、堂々たる赤色のドームと多数の尖塔のある印象的な建築物が、背後の青空と見事なコントラストを作り出しています。この風格ある国会議事堂は、ブダペストで最も有名なシンボルの1つです。建物の美しい外観はブダペストの写真によく使われています。また、外観同様に見事な建物内部は、見学ツアーで見ることができます。

この風格ある国会議事堂は、ハンガリーを代表する建築家、イムレ・シュタインドルにより設計されました。外観はイギリス発祥のネオゴシック建築様式であり、ロンドンにあるイギリス議会の議事堂、ウェストミンスター宮殿がモデルとなっています。幅268mのファサードは、鎖橋のたもとからマルギット橋まで伸びています。内装はルネサンス様式とバロック様式で贅沢に装飾されています。議事堂に威厳を持たせるために、40kgという大量の金も使われました。見事なホールや階段を見学できるツアーにぜひご参加ください。議事堂だけでなく、ハンガリーの至宝、1,000年の歴史をもつ聖イシュトヴァーンの王冠といった展示品も鑑賞することができます。

風格ある国会議事堂
風格ある国会議事堂

ブダペスト

ハンガリー人の誇りのシンボル

ハンガリーは19世紀末に大きな変化を経験します。オーストリアからの独立が進み、ブダとペストの2つの町が合併して首都ブダペストが誕生しました。ただ1つ足りなかったのは、適切な国会議事堂でした。ハンガリーの詩人、ミハーイ・ヴェレシュマルティが、「この国には家がない」と嘆いたのは有名です。1882年、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世とハンガリーの首相が議事堂建設のコンペを実施し、そこで優勝したのが建築家のイムレ・シュタインドルでした。
 
議事堂の建設は1885年に始まり、13年の歳月を費やしました。シュタインドルは、さまざまな建築様式を組み合わせましたが、全体的に極めて釣り合いのとれたデザインになっているため、折衷スタイルであることはそれほど分かりません。内装にはネオビザンチン様式が見て取れます。階段の吹き抜けはコリント式の柱で支えられ、天井には大きなフレスコ画が描かれています。特にすばらしい部屋は16角形のドーム型のホールで、大聖堂を思わせる壮麗さです。ここにはハンガリーの歴代の王や16人の英雄の像が立ち、訪れる人々を上から見下ろしています。これらの彫像からは自信が感じられ、独立性を強めていたハンガリーの姿をよく表現しており、建設当時に高まっていたブダペスト市民の誇りも感じ取れます。

“ハンガリーの詩人、ミハーイ・ヴェレシュマルティが、「この国には家がない」と嘆いたのは有名です。”

ハンガリーの至宝

堂々たるドーム型ホールには、王笏、宝珠、王冠といったハンガリー王の宝器があります。王冠は、最初のハンガリー王であるイシュトヴァーン1世が戴いたものと言われています。王冠の上部は、1000年に行われたイシュトヴァーン1世の戴冠式のため、教皇シルウェステル2世が授与したもので、王冠の下部は11世紀のビザンチン様式と考えられています。王冠はこれまで数多くの出来事をくぐり抜けてきました。何度も盗難にあい、王冠を巡っていくつもの戦いが繰り広げられてきたのです。第2次世界大戦後は、ソ連の手に渡らないよう米国フォートノックスにある金塊保管所に収蔵されていました。これらの宝器がジミー・カーター米大統領によりハンガリーに返還されたのは、1978年のことでした。

ハンガリーの至宝

写真提供

  • ハンガリーの至宝: Alexis, Flickr