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ダブリンで最も有名な橋

リフィ川に架かる歩行者専用の橋、ハーフペニーブリッジ(ハーペニーブリッジ)はダブリンのランドマーク。パリにとってのエッフェル塔のような存在です。とはいえ、この橋は、単なる観光名所ではありません。北岸の通り、バチェラーズウォークと南岸のテンプルバー地区を結んでいるため、毎日約3万人が安全に利用できる重要な交通手段となっているのです。

ハーフペニーブリッジは1816年にウィリアム・ウォルシュによって建造されました。それまでリフィ川を渡る定期船を運営していたウォルシュは、新しい橋の利用者に通行料として、渡し船の料金と同じ料金である半ペニーを課します。これにちなんで、「半ペニー橋」を意味する「ハーフペニーブリッジ」と呼ばれるようになりました。現在まで、この橋にはいくつもの公式名称が付けられてきましたが、定着したのは、やはり「ハーフペニーブリッジ」でした。

ダブリンのシンボル
ダブリンのシンボル

ダブリン

21世紀のイメージチェンジ

鋳鉄製のハーフペニーブリッジは長さ43m、幅3.7mで、リフィ川の水面から3mの高さに架かっています。どう見ても大きな橋とは言えませんが、地元の人たちにとても愛されています。しかし、あまり大切にされていなかった時期もあったようで、1950年代には見苦しい広告が橋の全面に貼り付けられていました。また、1980年代には木造の支えがアスファルトで固められたうえ、両端には装飾目的として鋳鉄製の見栄えの悪い灯柱が設置されました。しかも外灯が青色だったため、怪しげな雰囲気が漂っていました。

幸いにも、2001年に状況が一変します。きっかけは、橋の利用者数が1日2万7,000人に上るという調査報告でした。1816年、産業革命前のダブリンは、人口わずか20万人の町でした。橋の建造時に想定された利用者数は1日450人に過ぎず、それから200年を経て、もはや現在の負荷に耐えられる構造ではなかったのです。ダブリン市議会は歴史的遺産の保全と利用者の安全に懸念を示します。

早速、対策がとられることになり、橋は閉鎖され、9カ月にわたる段階的な改修工事が実施されました。北アイルランドのベルファストから専門家チームが呼ばれ、橋を構成する1,000個を超える部品が入念に修理されました。そして、建造時と同じ白色の橋に生まれ変わったのです。全体として、建設当時に使われた資材の85%が生かされ、新たに交換したのは数カ所の負荷を支える部分のみでした。また、橋の両端のスペースを広げて、歩行者が車両の通行に巻き込まれないように配慮しています。

建造当時と同じ白色に改装された橋
橋の周囲に建つ歴史的な建物

最高のダブリン体験

2000年にミレニアムブリッジが開通するまで、ハーフペニーブリッジはリフィ川唯一の歩行者専用橋でした。しかし今でも、ハーフペニーブリッジはダブリン市民にとって特別な存在であり、多くの人が川面の風景を楽しもうと、この橋を訪れます。両岸には、新旧2つの顔を持つダブリンの見事な街並みを眺めることができます。さらに風向き次第では、上流の河岸にあるギネス醸造所から黒ビールの香りも漂い、この上ないダブリン体験が味わえるでしょう。

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Ha’penny Bridge, Dublin