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ベルリンの戦争博物館

今ではベルリンは、人々が自由に暮らし、ショッピングを楽しみ、慶事を祝う明るい都市ですが、以前ではあり得ない光景でした。ほんの四半世紀前、東ドイツの人々は、自由な西ドイツに逃げようとすると銃撃されていたのです。そして、半世紀前には、都市全体が被害を受けた大火災がありました。これらの傷跡の多くは徐々に消えていますが、ベルリンには激動の歴史を伝える場所がまだたくさんあります。

世界の歴史には、ベルリンを永遠に変えた劇的な出来事が2つあります。第二次世界大戦と冷戦です。ヒトラーは「世界首都ゲルマニア」という大計画を立て、新しい連邦首相府(戦後に解体)、新しい空港(テンペルホーフ空港、現在は閉鎖)を建設し、また広い大通りをつくるために、辺り一帯を取り壊しました。とりわけ東ベルリンの住民には、恐怖の時代が戦後も続くことになります。ベルリンの最も暗い歴史に焦点を当てており、非常に心動かされる博物館を3つご紹介しましょう。

今では観光名所になっている旧国境検問所、チェックポイントチャーリー
今では観光名所になっている旧国境検問所、チェックポイントチャーリー

ベルリン

ゲシュタポ拷問部屋の展示

第二次世界大戦の恐怖

ナチス政権の時代、プリンツアルブレヒト通りには、ナチス親衛隊、親衛隊情報部、ゲシュタポの本拠が置かれていました。おそらく、世界で最も身の毛がよだつ通りだったに違いありません。1945年、これらの建物は木端微塵に爆撃されます。今では「トポグラフィ・オブ・テラー」というモニュメントが、ベルリンの壁が残る付近にある拷問部屋の跡地に建てられています。最初はナチス政権が行った残忍な行為を単に屋外展示していたものが、今や近代的な展示施設、情報センターに生まれ変わりました。

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Topographie des Terrors, Niederkirchnerstraße 8, Berlin, www.topographie.de

シュタージの秘密活動

ドイツ民主共和国(東ドイツ)の国家保安省、いわゆる秘密警察であるシュタージはかつて、全権を掌握し、人々にとても恐れられていました。その威圧的な本部は、今では博物館となっています。展示では、トラバント(小型乗用車)のドア内部に仕掛ける小型カメラといったさまざまなスパイ道具のほか、数多くのシュタージの秘密活動について紹介されています。さらに興味深いのが、当時のまま保存されている部屋や執務室です。シュタージ長官だったエーリッヒ・ミールケの執務室やプライベートルーム、配下のスパイの執務室、会議室、スタッフ用の食堂を見学できます。

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シュタージ長官、エーリッヒ・ミールケの執務室

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Stasi-Museum, Ruschestraße 103, Lichtenberg, Berlin, www.stasi-museum.de
チェックポイントチャーリーの隣にある壁博物館

チェックポイントチャーリーの壁を超えて

壁博物館が開館したのは、ベルリンの壁の建設が開始された1961年のわずか1年後のことです。最初に開設されたのは、今でも壁が残っているベルナウアー通りのアパートでしたが、間もなく現在の場所、東西ベルリンを結ぶ最も悪名高い国境検問所のチェックポイントチャーリーの近くに移転されました。かつては人々が逃亡を企てるために集まった場所ですが、今ではベルリンの壁の歴史について学ぶことができます。東ドイツからあらゆる方法を駆使して約5,000人の人たちが逃げ果せたという事実は、いかに人間が機知に富んでいるかということを証明していると言えるでしょう。恐ろしい戦争について学んだ後に、ほっとできる場所です。

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Museum Haus am Checkpoint Charlie, Friedrichstraße 43-45, www.mauermuseum.de

写真提供

  • ゲシュタポ拷問部屋の展示: Brendan Howerd, Shutterstock
  • シュタージ長官、エーリッヒ・ミールケの執務室: Stasimuseum/ASTAK, Photo: John Steer
  • チェックポイントチャーリーの隣にある壁博物館: astdui, Shutterstock