ご使用のブラウザーが旧型のようです。
KLM.comのすべての機能を安全にご利用いただくには、ブラウザーを更新するか、別のブラウザーをお選びいただくことをお勧めいたします。 このバージョンを続けてご利用になると、ウェブサイトの一部が適切に表示されなかったり、まったく表示されない場合もあります。 また、お客様の個人情報のセキュリティに関しても、新しいバージョンのブラウザーをご利用いただくほうが安全性も高くなります。

 

アムステルダムの王宮の宝物

ダム広場にある荘厳な王宮は、アムステルダムの重要な歴史的モニュメントの1つです。街の中心部に建てられた威風堂々とした王宮は、17世紀には「世界8番目の不思議」と呼ばれていました。現代では主に公式歓迎会や王室行事に使用されていますが、年間を通じてアンティークのインテリアと美しいアートコレクションが一般公開されています。

アムステルダムの王宮は、当初から宮殿だったわけではなく、もともとは新しいアムステルダムの市庁舎として、有名な建築家、ヤコブ・ファン・カンペンにより1648年に建てられました。古典的な贅沢な装飾を施し、アムステルダムが、経済と文化で栄華を誇った黄金期に得た威風と富を表現しています。今でも宮殿内では、レンブラント、ホーファールト・フリンク、フェルディナント・ボルの作品など、当時の繊細な彫刻や貴重な絵画を鑑賞することができます。

アムステルダムの王宮
アムステルダムの王宮

アムステルダム

市庁舎から王宮へ

17世紀、アムステルダムは市庁舎の建設により、世界で最も重要な商業都市であることを誇示する必要がありました。建設地に理想的な場所として選ばれたのは、由緒ある市の中心地であるダム広場でした。1665年に完成した市庁舎は、13,659本の基礎杭で支えられたヨーロッパ最大の公共施設となりました。有名なオランダの詩人、ヨースト・ファン・デン・フォンデルは、この荘厳な建物を「結婚式の日に最も注目を浴びる花嫁」になぞらえました。この言葉はアムステルダムの人々の誇りを端的に表しています。
建物が王宮として使用されるようになったのは、1808年以降のこと。フランスのナポレオン皇帝の弟であるルイ・ボナパルト王の生活拠点となったのです。しかし、王がここで過ごした時間はあまり長くはなく、ナポレオン皇帝が1813年に失脚した後、王宮はウィレム1世によりアムステルダムに返還されています。しかし今でも、木製の革張り家具、真鍮のシャンデリア、斬新なタペストリーに至る2,000点のナポレオン時代の家具が展示されています。

室内を飾るアンティーク家具

黄金時代の傑作

王宮では17の豪華なホール、部屋、ギャラリーが一般公開されていますが、その中で最も重要なのは王宮にある最大のホールである市民用ホールでしょう。このスペースは宇宙を表していて、大理石の床には北半球、東半球、西半球の地図が描かれています。王宮を訪れるなら、夏と秋の期間限定展示の開催中がいいでしょう。夏には、黄金時代の建物と展示品にまつわる豊かな歴史が紹介され、秋には、現代絵画王室賞に選出された若い新鋭アーティストの特別展示が行われます。

“宇宙を表現した市民用ホールの大理石の床には、北半球、東半球、西半球の地図が描かれています。”

写真提供

  • 室内を飾るアンティーク家具: SayGoudaCheese, Flickr