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ワルシャワの新しい旧市街

ワルシャワの歴史的中心部は、中央ヨーロッパの都市にありがちな共産主義時代のコンクリート建築とはいい意味でまったく違います。中世の旧市街はポーランドで最も人気のある観光名所です。この旧市街がドイツ軍の占領によってほぼ廃墟と化し、消滅の危機に瀕していたとはとても信じられません。

旧市街は、第二次世界大戦後に行われた大規模な修復のおかげで、現在もこれほどまでに素晴らしい姿を保つことができています。旧市街地の建物は、ドイツ軍によって実質的に一つ残らず破壊され、残存したのは全体のわずか15%でした。しかし、損害箇所をコンクリートで埋める代わりに旧市街は丹念に復元され、かつての栄光を取り戻しました。その努力が認められ、この旧市街はユネスコ世界遺産に指定されています。

ロシア軍とドイツ軍

旧市街は13世紀の頃、後に王宮となるマゾフシェ公の城の周りに開かれました。当初、旧市街は土塁で囲まれていましたが、後に石の城壁に建て替えられます。この地区は、長い間、街の中心的役割を果たしてきました。しかし、19世紀にはワルシャワを含むポーランドのこの地域がロシア帝国に征服され、旧市街は首都の中心部としての商業的重要性を失いました。第一次世界大戦後、ポーランドは再び主権を獲得し、城はポーランド大統領やその高官たちの執務地となりましたが、ポーランドの民族自決は1939年のドイツ侵攻によって短命に終わります。旧市街はドイツ空軍によって大きな被害を受けたものの、大半は残存しますが、1944年、ワルシャワ蜂起に対するドイツ軍の報復行為で、旧市街は廃墟と化したのです。

“ポーランドのレジスタンス勢力に対するドイツ軍の報復により、旧市街は廃墟と化しました。”

晴れた日の旧市街市場広場

市場広場周辺

活気に溢れる中央の市場広場は、旧市街の散策のスタート地点としてぴったりです。すぐ近くには、ポーランド王たちが戴冠、埋葬された聖ヤン大聖堂があります。ファサードが絵画やガーゴイルで飾られた旧市街で最も長い通り、ピヴナ通りも見てみましょう。4A番地にある人気のカクテルバー「カルムニック(Karmnik)」では美味しい軽食が楽しめます。

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Rynek Starego Miasta